033724 ランダム
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闇光線

闇光線

SLEEEEEEEEP!!

 昨日も徹夜だった。おとといもその前も徹夜だった。どうせ今日もまた徹夜なのだろう。澤田は一つ型の古いノートパソコンの騒音が鳴り響くオフィスの中を見回した。それなりに優秀な部下たちと、それなりに優秀な環境の中、澤田は襲いかかる睡魔に立ち向かっていた。少しうとうとするのは許してもらいたい。何しろ今週はずっと会社に泊まりで寝ずに働き続けてきたのだから。たまに書類によだれが付いているのも我慢していただきたい。何しろ一度もこの椅子から動かずにすべてのことをかたずけてきたのだから。自分でもエコノミー症候群に近付きつつあるのがわかる。少しでも姿勢を崩すとそのまま眠りの世界に落ちて行きそうで怖かった。澤田はうんと伸びをした。同時にあくびも出た。

 2010年に商品化された3Dテレビは、21世紀の新たなビジネスとなった。大手電機会社のアロアカンパニーと福田電工の二社は3Dテレビを大々的に宣伝し、お互いのものよりも低コストで進化的なものをできるだけ早く作り上げるかといういわゆる戦争状態へとはいっていった。次々と登場する新作テレビに消費者は心躍らせていたが、その分それぞれの会社の社員たちは労働基準法など完全に無視で働かされた。が、今回ばかりは事情が事情であるぶん、労働組合も動きを見せなかった。3Dテレビを中心に日本全体を巻き込んだメリーゴーランドを回している彼らの胸にはめいめいの誇りと闘争本能が宿っていた。

 福田電工のロゴマークが大きく印刷された名札を胸に光らせ、ふらふらとしながら澤田は会社の廊下を歩いていた。
「仮眠室で言ったん寝てきたらどうですか?」という上司想いの部下たちの言葉に甘えさせてもらい、澤田は仮眠室に向かった。もう頭は仕事のことしか考えられなくなっていて、こうしている間でもコストダウンにつながる方法を頭の中で模索していた。
 仮眠室には運よく誰もおらず、ベッドに一人で寝転がることができた。あまり部下に迷惑をかけないように携帯のアラームをかけておく。画面の右上には2:11の表示がなされていた。3時にタイマーをかけ、ベッドに全体重をかける。その瞬間緊張はほどけ、完全に深い眠りに落ちてしまった。

 布団をバサッという音を立てた。澤田が飛び起きたからだ。どうやら寝すぎてしまったようだ。走ってオフィスに向かい、バンッとドアを開ける。真面目な部下たちは一人も帰ることなく恐ろしい真面目さで働いていた。が、澤田がオフィスを出た時からほとんど進んでいないのだ。澤田の顔から血の気が引いた。こういうときは部下を叱りつけて、説教でもしてるのだが、今日の朝8時までに企画書を提出しなくてはならない。部下を叱っている場合ではない。この調子ならあとここ全体でやっても3時間はかかるだろう。澤田はオフィスに掛けてある時計を見る。そして唖然とする。
 最初は時計が壊れていると思った。しかしさすがに3つ時計を見て3つとも2:13をさしているのでは信じないわけにはいかない。
「どうされたんですか?」などと気を使ってくれる部下に笑ってごまかし、もう一度寝てくるといって仮眠室に戻った。3時まであと40分以上あるのだ。澤田は再び眠りの世界に入っていった。携帯の時計は2:16を指していた。

 布団をはねのけて見た時計はまだ2:16を指していた。おかしい。あれだけ寝たはずなのに時間が全く進まないのだ。自分は寝ないでいい体になってしまったのか。睡眠不足により寝るという方法を忘れてしまったのか、どちらにしてもだいぶ寝たような感じだから仕事に復帰した。それが今までの何倍も効率よく、まるで昼間のように仕事がはかどった。でも頭の片隅にはこんな自分を疑う自分がいて、少し不安になってきていた。

 結局澤田の成績により8時に余裕で間に合い、未明のこともあって、この日澤田は定時に帰って医者に診てもらうことにした。結果、不眠症ということになった。
 医者によると、不眠症には過度の不安からくる精神病の不眠症と、睡眠不足などが原因の神経系の不眠症がある。澤田は後者に当たるらしい。これといった治療法はないらしく、本当にただ寝ることだけらしい。というわけで、澤田は自分の家で布団を敷いて眠った。9時5分だった。
 やはりただの不眠症ではないと思う。起きた時も全く同じ9時5分だったのだ。そこで澤田は時計の秒針を見ながら目をつむってしばらくしてから開けると、全く秒針が同じ位置にあった。やはり不眠症なんかではない。澤田が寝ている間世界も完全に停止しているのだ。全く信じられない話だったが、自分で立てた仮説だし、きちんと証明されてしまっている以上何もしようがなかった。それにこれは澤田にとって好都合だった。睡眠時間が確保できるうえ、どこでも寝てもいいのだ。

 澤田はこのおかしな状態を利用することにした。ほかの人間から見ればずっと徹夜している状態の澤田は仕事の効率も良く、次々と書類をまとめていった。こういう人間が社内に一人いると絶大な戦力なるもので、福井電工の3Dテレビの人気はまさしくウナギのぼりと言っても問題はなかった。電気屋で半分ずつだったアロアカンパニーと福井電工の3Dテレビの売り場面積はまくるような勢いで福井電工製のものに変わっていった。そのまま2年もたてば、完全にアロアカンパニーは業界から姿をくらまし、3Dテレビと言えば福井電工という常識までもが出来上がっていた。ネットで「テレビ」と調べてばずらっと福井電工製のものが並び、海外の支社も全世界に展開されていった。

 澤田が「寝ない」状態になってから3年が過ぎ、福井電工本社の地下1階にある駐車場にフィラーレを置くほどの幹部クラスとなった澤田はそのフィラーレに荷物を置いていた。もう敵のいない福井電工にこんな時間まで残っているのは澤田ぐらいである。エレベーターを降り、車に向かおうとしたその時、黒い影が物陰から飛び出し、ほぼ同時に駐車場内に銃声が響き渡った。胸から血を流し身をよじる澤田を確認し去ってゆくその男の胸にはアロアカンパニーのロゴマークがあった。
 男はさっき澤田が乗ってきたエレベーターに乗り込む。手袋をつけたまま1階のボタンを押す。1階に着き、エレベーターが止まる。が、ドアは開かない。エレベーターの中の男も手袋を片手に持ったまま動かない。エレベーターの前の道を走る自転車も、それに乗っている若者も、若者のつけている腕時計も。

 澤田は永遠の眠りについた。


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